BANの経歴【留学時代】英語を学ぶ為にフィリピン留学してそのまま住んでみた

BANの経歴【留学時代】英語を学ぶ為にフィリピン留学してそのまま住んでみた

留学時代にフォーカスして経歴を話していこう。

留学時代とかそんなに面白い話でもないと思うので、
興味がなくて自分探しが好きの方は下記の話でも読んでいってください。

逆にすごい興味ある方は下記の関連記事に概要が書かれているのでそっちも見ていってください。

【関連記事】BANの経歴

 

フィリピン留学

3ヶ月間の留学予定。

1人での初海外に緊張しながらも飛行機に乗り込む。

大丈夫きっとどうにかなる。

フィリピンまでは数時間のフライトだったがとても長く感じた。

着陸前に入国書類を渡されるがよくわからないので、何も書かずに入国しようとする。

そして案の定入国審査で止められる。

ジェスチャーとあやふやな英語でなんとなく意思の疎通を計りなんとか入国。

さらに荷物持ち込みの紙も白紙で出すと、罰金だ的なことを言われるが理解できていないでいると通してくれた。

こうしてなんとか空港を出ると蒸し暑いフィリピンの空気が漂っていた。

留学先の学校にピックアップを頼んでいたので学校のバスに乗り込み寮に向かう。

途中でフィリピンの簡単な注意事項の説明を受ける。

はじめての海外生活に少しだけ興奮して眠りについた。

私はQQEnglishという学校に留学した。
バッチメイトという同期のメンバーは約50人ほどいた。

初日は簡単なカリキュラムの説明と英語レベルのチェック。

テストの結果は下から2番目とその辺の中学生以下の結果だった。

QQEnglishには日本人以外にも中国、台湾、韓国、ロシア、アラブなど様々な人種が入り混じっており、
日本人だけで集まる人、国籍関係なく仲良くなる人、孤独に勉強をする人と様々なタイプの人間がいた。

私の独断と偏見だが、若者や大学生・短期留学の人は日本人グループ、ワーホリ前や世界一周前の人は多国籍グループ、
コミュ障や長期(数ヶ月)のおじさんが孤立していた。

そして私はコミュ障で長期のおじさんなので当然のように孤立した。

授業は全て英語で行われるので最初の頃は何もわからずに『イエスイエス』と会話を聞き流していた。

そのせいで教師と本気で喧嘩することもあった。

しかし2週間目から英語が理解できるようになり、
1ヶ月もたった頃には英語で意思の疎通がはかれるようになり、
最初に喧嘩した教師とめちゃめちゃ仲良くなった。

食事と睡眠以外の時間は常に英語の勉強をしていた。
つまり1日15時間以上は英語漬けだ。こんなに勉強したのは人生ではじめての経験だった。

生徒からは孤立していたが先生の人気は高かったので、この頃から先生と一緒に外出したり食事に出かけるようになる。

元々オンラインで複数の先生と知り合いだったのも大きく、旅行や誕生日パーティーにも誘われた。

そしてそんなことを繰り返していたら3ヶ月目でフィリピン人の彼女が出来た。

彼女はオンラインの教師だった。

もう少し勉強したいと思い留学を1ヶ月延長して合計4ヶ月の留学生活を過ごした。

しかし集中力は3ヶ月しか持たず、最後の1ヶ月はサボりまくりあまり身にならなかった。

しかし4ヶ月の勉強の効果で当初下から2番目だったレベルが10段階評価の6まで上がっていた。

 

フィリピン滞在

タワーマンションを借りて快適フィリピン生活。

留学は終了したがもう少しフィリピンに居たいと思い色んなコネクションを使いビザを延長し、
先生に協力してもらいフィリピンでマンション(コンドミニアム)を借りることにした。

26階建ての23階のワンルーム。
家賃は約8万円でジムとプールが使い放題だ。
24時間ガードマンが滞在しており、エレベーターはカードキーがないと作動しないとセキュリティは厳重だ。
ランドリーも有料でコンドミニアム内にあり、WiFiはリビングのみだが使うことができる。

フィリピン人の彼女と半同棲生活をしながら彼女が働いている間は1人で街をうろついたり、
リビングに引きこもってネットサーフィンをしていた。

あまりにすることがないので毎日ジムとプールが日課になった。

暖かい気候と自由な時間を謳歌する。

2ヶ月間フィリピンの生活を楽しんだ後は世界一周に向けて日本に帰った。

 

帰国

東京でラーメンを食べ歩く。

東京にある友人のシェアハウスにお世話になりながら、
二郎、屯ちん、のぶなが、やすべえ、えん寺、頑者、花田、狸穴、なぜ蕎麦と池袋中心にラーメン(麺)を食べ歩く。

実家に戻り世界一周について調べると今の時期は微妙なことに気づく。

西回りも東回りも10月からの出発だと微妙なシーズンだ。

世界にはそれぞれ絶好のシーズンや祭りの時期などがあるが、
西回りだと春、東回りだと真冬がいい。

東回りで想定していたがイエローナイフのオーロラも11月以降がオススメだという。

色々考えた挙句、彼女に会いにフィリピンに戻ることにした。

 

フィリピン再訪問

世界一周まで時間があったので再度フィリピンへ。

前回と同じコンドミニアムを1ヶ月間契約して体づくりに勤しむ。

以前よりもジムとプールをストイックにこなしながら、
フィリピン人の友人達とホームパーティーを楽しむことにした。

今回は一切英語の勉強をするつもりはなかったが、
友人や恋人と常に英語で会話していることで英語で会話することにし対して違和感を感じることはなくなっていた。

1ヶ月間の暇つぶしをフィリピンで過ごし、日本に帰り本格的に世界一周の準備。

 

再帰国

世界一周の準備。

また東京にある友人のシェアハウスでお世話になりながらラーメンを食べ歩く。

実家に戻り週に2回のペースで温泉に行きながら世界一周の準備をすすめた。

3年間の海外医療保険に入り、不要なクレジットカードの契約を解除する。

予防接種はフィリピンに行く前に済ませていたが、
2度しか受けていなかった種類の予防接種に関しては3度目を受ける。

買い物に関してはすでに済ませていたので特に買い足すものはなかった。

こうして日本での生活を約1ヶ月過ごした。

 

2016年12月1日世界一周に出発する。

 

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