感情をコントロールするのではなく、感情の表現をコントロールすべき理由

感情をコントロールするのではなく、感情の表現をコントロールすべき理由

短気。BAN(@banlife19)です。

いろんな本に「感情をコントロールすべきだ」と書いてありますが、本当に感情をコントロールすると良いことばかりなのでしょうか。

実際に私も感情をコントロールしようと躍起になった時期があります。

しかし感情をコントロールすればするほど本来の自分からかけ離れていく様な気がして、心が失われていく様な気がして私には合いませんでした。

そんな私が見つけた方法は「感情の表現をコントロール」するということです。

 

本当に感情のコントロールは必要か

よく「怒りを捨てろ」と目にすることがあると思いますが、そもそもこの意見は怒りっぽい人の事を考えていません。

世の中には簡単に怒らない人もいれば簡単に怒る人もいます。
そして怒らない人の方が怒る人よりも優っているのかと言うと、どっちもどっちな気がします。

怒らずに人間が出来ている人もいれば、優しいのはだらしなさの延長な人もいます。

怒っても自分にも厳しくストイックな人もいれば、自分の事は棚に上げて他人ばかり批判する人もいます。

つまり「喜怒哀楽」の感情自体は別に悪いことではなく、結局はその人の人間性の問題ではないでしょうか。

喜びたいのに一喜一憂するなと言われ、怒りたいのに短気は損気と言われ、哀しみたいのに泣くのは弱虫と言われ、楽しみたいのにはしゃぐなと言われる。

そんな世界息苦しくないでしょうか。

感情を無理に押さえ込んで表に出せないのはむしろ不健康だと私は感じます。

 

感情の表現とは?

今回は分かりやすいように「怒り」にフォーカスして説明していきましょう。

「怒り」の表現は様々あると思いますが、私の主観で迷惑な順を考えてみます。

「物に当たる」 > 「人に当たる」 > 「怒鳴る」 > 「不機嫌になる」 > 「黙る」 > 「説明する」 > 「許す」

これが感情の表現です。
実際にはもっとありますが、このように感情には表現が付いて回ります。

そして「怒り」の度合いと「人」により表現が変わってきます。

私の場合はどんなに怒っても「怒鳴る」以上はほぼありません。

「怒る」という感情だけでも多様な表現があるのです。

 

表現をどの様にコントロールするのか

どの程度のボルテージか自分で判断します。もし仮に怒鳴っていたとしたら「そこそこ怒ってるな」ということが分かります。

怒りのあまり黙っていたら「ちょっとだけ腹立ってるな」ということが分かります。

そこで表現をコントロールしましょう。

怒鳴っていたらまずは一回深呼吸をして不機嫌になってみましょう。
それでも理解されなければ無言になり、時間を置いてなぜ怒っているのか説明をしましょう。
説明中に相手が納得してくれれば許すこともできるし、自分で消化した場合も許すことができます。

感情は受動的に発生する場合がありますが、表現は必ず能動的です。

 

表現のコントロールによって得られる恩恵

コントロールをすることによりヒートアップしていた場合には見えていなかった事が理解できるようになります。

心を落ち着かせることで何が大事で何が重要なのかを再認識できるでしょう。

そしてその怒り自体が間違っていた可能性や、なぜ怒りが生まれたのかを冷静に判断できます。

冷静に判断すれば経験として蓄積されるので同じ過ちで怒ることは減少します。

そうすることにより無理やり感情のコントロールをする必要がなく納得した上で自分自身がコントロールする事ができます。

 

まとめ

感情のコントロールというのは難しいもので、いくら怒らないと決めていてもつい条件反射で怒ってしまう時があります。

また逆に感情を抑制したあまり、ある日突然たがが外れて今まで以上に理不尽な感情に振り回される事があります。

そうならない為にも無理して理解したフリをするよりかはまずは「感情の表現」というコントロールしやすい部分から変えていってはいかがでしょうか。



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