BANの経歴【自由時代】英語も喋れず旅の経験も無いけどノリと勢いで世界一周を決める

BANの経歴【自由時代】英語も喋れず旅の経験も無いけどノリと勢いで世界一周を決める

自由時代にフォーカスして経歴を話していこう。

自由時代とかそんなに面白い話でもないと思うので、
興味がなくて焦燥感が好きの方は下記の話でも読んでいってください。

逆にすごい興味ある方は下記の関連記事に概要が書かれているのでそっちも見ていってください。

【関連記事】BANの経歴

 

世界一周準備

旅の知識も経験も皆無な状態でネットを頼りに準備。

世界一周(放浪)を決めたのは良いものの、
1人で旅をしたことがない私は何をすれば良いのかわからなかった。

計画の前に目的だけ設定してしまった。

しかし、だからこそいいのだ。

旅に興味はなく、海外なんて行きたいとも思っていなかった。

久々に受ける刺激にゾクゾクしていた。

この無茶振りのような感覚をずっと求めていたのかもしれない。

 

やり方がわからない場合はネット検索だ。

起業した時もネットで調べていたらよく分からないうちに社長になっていた。

大抵のことはネットで調べれば答えが出てくる。

「世界一周 準備」と検索をしてみる。

するとブログ村の世界一周準備カテゴリが見つかる。

右も左も分からない状態から、
ブログに書かれている通りに行動して準備を進めていった。

情報収集と情報発信の為にブログを開設。

そして他の人のブログに書かれていたMacBook Airを勢いで購入。

これでもう後には引けなくなった。

ブログを通じて旅好きの人と交流するようにもなった。

飲み会に参加して多くの人から情報をもらい、
私が集めた情報を提供する。

現金派でカードを一切持っていなかったが、
一気にカードを7枚作った。

破傷風、狂犬病、A型・B型肝炎など複数の予防接種を受ける。

歯の治療を行いつつ、旅に必要なアイテムを買い揃える。

メインバック、サブバック、靴、衣服、備品と
旅用品を1から買い揃えていった。

レーシックも受けた。すると散歩が好きになった。

準備費用だけで数十万掛かったが、
今思えばこの投資は大正解だったと思う。

 

退職

会社を部下に譲り退職。

最初は辞めることを信じていなかった部下だったが、
事務所にどんどんと旅用品が増えていくに従い、
徐々に覚悟を決めたらしい。

広告部門は立ち上げから一緒に働いていた部下に、
イベント部門は現地で統括していた部下に譲る。

退社1ヶ月前から取引先の方々に挨拶回りをした。

ある人は「勿体無いですね」と言い、
ある人は「面白そうですね」と言い、
ある人は「BANさんの行動としては想定内です」と言ってくれた。

こうして円満に退社の手続きをして、
社長の名義変更も終えて、晴れて自由の身となった。

会社から解放され久々に個の自分を楽しむ。

 

英語の必要性を感じる

世界中の人と交流するには英語が必須だ。
be動詞の意味を知らないところから英語の勉強をはじめる。

中学、高校と英語とは出来るだけ距離を置いていた。

そもそも日本から出るつもりはなかったし、
英語を勉強するくらいなら日本語を勉強した方が
より生活が豊かになると思っていたからだ。

しかし世界放浪の旅をするのにいつまでも甘えた事は言ってられない。

32歳にして、知識0から英語学習の決意をする。

本屋に行き大量の英語学習本を購入して勉強をはじめる。

この時に生まれて初めてbe動詞の意味を知り、
それを友人に話すと「世界一周やめた方がいいよ」とアドバイスをくれた。

実際に英語が喋れなくても旅はできるだろう。

そこそこ楽しい旅になるかもしれない、
ただそれだけではダメなんだ。

私がやりたいのは実際に世界に出て、
そこで暮らす人々の話を聞きたいのだ。

その為には英語がどうしても必要だ。

本やネットで勉強をはじめるが、
どうもこういう形の勉強スタイルは昔から苦手だった。

もっと簡単に学習する方法は無いかと調べていると、
「フィリピン留学」というワードが目に飛び込む。

 

フィリピン留学準備

勉強は嫌いだが、目的の為に手段は選ばない。

フィリピン留学について調べると、
他国に比べて料金が安い、グループではなくマンツーマンで授業が受けられる、
フィリピンは温暖な気候で環境が良い、フィリピン人はホスピタリティーに満ちている。

ポジティブな情報しか出てこなかった。

どうでもいい情報として「フィリピン訛りが付く」とあったが、
そもそも日本人だって訛ってないと思ってるだけで
本当はイントネーションが全然違うことが多々ある。

正しい日本語が使えるのはアナウンサーか、
日本語に関わる仕事をしている人くらいだろう。

友人の人脈を駆使してフィリピン留学の経験者を探す。

すると経験者ではなく留学エージェントが見つかった。

ある程度条件は決まっていたので、
期間、内容、学習スタイルを伝えていくつか提案してもらうことにした。

しかしその留学エージェントは
相場の2倍から3倍の値段を吹っかけてきた。

ありえないから。

友人の友人の距離感でその吹っかけとかありえないから。

留学エージェントのクソさを知り結局自分で調べて
留学先をQQ Englishに決める。

QQ Englishでオンライン英会話も始める。

最初は教師が言ってる事の意味が分からず、
25分間のレッスンで20分以上無言なんてこともざらにあった。

私の態度がふざけているように見えたのか
教師によっては怒り出す人もいたがそんな事は今は興味がない。

如何に最短で英語を学習できるか、それしか考えていなかった。

2週間が過ぎることにはお気に入りの教師も見つかり、
学習方法も何となく確立してきた。

1ヶ月が過ぎる頃には英語は喋れないが、
英語を使ってコミュニケーションを取れるくらいには上達した。

そして数ヶ月後にフィリピン留学に行く。

 

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BANのツイッター

 

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