BANの経歴【独立時代】全財産を使い起業するも順風満帆過ぎて会社経営に飽きる

BANの経歴【独立時代】全財産を使い起業するも順風満帆過ぎて会社経営に飽きる

独立時代にフォーカスして経歴を話していこう。

独立時代とかそんなに面白い話でもないと思うので、
興味がなくて自分探しが好きの方は下記の話でも読んでいってください。

逆にすごい興味ある方は下記の関連記事に概要が書かれているのでそっちも見ていってください。

【関連記事】BANの経歴

 

全財産を使い起業

ネットで調べて起業。
起業の費用で全財産の30万を使い一文無しになる。

実家でゴロゴロしていると元部下から連絡が入る。

 

元部下
BANさん起業しませんか?

BAN
いや、もう疲れたよ。

元部下
勿体無いですよ。なんか一緒にやりましょう。

BAN
ちょっと考えさせて。

 

鬼の様に働いていた反動で
しばらくは何もする気が起きなかった。

しかし毎日の様に元部下から「会社を作りましょう」という連絡が入る。

確かにこのまま一生ゴロゴロして過ごす訳にはいかない。

1週間と経たず元部下の誘いの乗る事にした。

 

しかし元部下はただ「会社を作ろう!」という割に、
自分では何も調べておらず全振りされる。

ネットで「起業 方法」と調べると、
リスティング広告が出てきたのでそこにお任せする事にした。

法人を作る為の手数料や社印などの備品も含めて
総額30万ほど費用がかかった。

私の貯金が丁度そのくらいしかなく、
通帳の残高は数百円を残すのみになる。

 

資本金は親に一瞬だけ50万を借りて、
それを通帳に記帳して速攻で返した。

資本金は記帳された数字の証明だけなので、
実際に現金を用意する必要がない。

業態に関しては元部下と相談した。

 

BAN
宝くじの転売屋とかどう?

元部下
それ稼げます?

BAN
小銭くらいならなんとか。

元部下
いや、やめときましょう。

BAN
じゃあ何がいい?

元部下
BANさんの得意分野で行きましょう。

BAN
広告なら稼げるけど、先輩と一緒の業態ってなんか嫌じゃん。

元部下
嫌とか言ってる場合じゃないですよ。最初は稼げないと。

BAN
確かに。

 

確実に稼げる広告代理店からスタートする事になった。

 

ご祝儀

元の取引先からお祝い発注をもらう。
2ヶ月で1,000万の利益を荒稼ぎ。

知り合いに中古のPCをもらい、
実家で携帯と壊れかけのウィンドウズで仕事をはじめる。

まずは前にお世話になった取引先の担当者に電話をした。

 

BAN
ご無沙汰しております。

担当者
久しぶりですね。お元気ですか?

BAN
はい。、お陰様で。

担当者
BANさんこの業界戻って来ないんですか?

BAN
あ、丁度今回電話したのがその事で。

担当者
戻ってくるんですか?だったらまた取引させてください。

BAN
会社作っちゃいました。

担当者
そうなんですね。じゃあご祝儀発注しますね。

 

複数の取引先から数百万ずつの入金をもらう事ができ、
そのお陰ですぐに状況するために必要な資金が用意する事ができた。

 

再上京

池袋に事務所を構えて2人でスタート。
その後、人数が増加して慢心する。

起業から2ヶ月で実家を離れ東京に事務所を借りる事にした。

取引先との打ち合わせを考慮して、
事務所は山の手線沿いで検討していた。

 

BAN
新宿、渋谷、池袋じゃね?

元部下
いいっすね。

BAN
てか家賃ヤバくね?

元部下
ヤバイっすね。

BAN
渋谷とか鬼じゃん。

元部下
池袋以外に安いっすよ。

BAN
じゃあ池袋で。

 

事務所は池袋にする事に決まった。

しかし事務所を法人名で契約しようとしたところ、
なかなか決まらない。

立ち上げたばかりという事で、
家主の許可が降りない物件ばかりだった。

個人名で借りることもできるが、
その場合は家賃の半分しか経費計上出来ない。

何軒か断られて、別の不動産担当者にもお願いする事にした。

すると別の担当者は一発で物件の許可をもぎ取ってきた。

 

池袋に事務所を構え、
事務用品はヤフオクとアスクルで注文した。

ホワイトボード、会議机と椅子、デスクとチェア、PCに電話とファックス。

メタルラックには様々な資料と意識の高い系の本が並べられた。

何もなかった部屋がどんどん事務所っぽくなっていく様に感動を覚える。

こうして東京での仕事がスタートした。

 

広告代理店をやりながらアプリ開発もやった。

友人のプログラマーとデザイナーに頼り、
知り合いの芸能事務所と組んで仕事をさせてもらう。

しかし大失敗。

リリースをして特にプロモーションもせずにそこそこダウンロードされた。

バージョンアップさせてから本格的に売り出そうとしたところ、
プログラマーの家のPCが故障。

たまたま予備のディスクを切らしており、
データを別で保存していなかった為に全てのデータが消し飛んだ。

しかしロハでやってた手前強くは言えず、
結局バージョンアップ用の素材だけ手元に残り、
そのアプリは頓挫した。

 

しばらくすると、
取引先の社員から転職の相談をされるので、
そのまま引き抜きうちで働いてもらうことにした。

社員は3名に増え、
社員旅行で沖縄にも行った。

会社の売り上げも順調に増えていき、
私は出社する必要がなくなった。

 

毎日夕方に起きてイナズマイレブンを見て、
それから行きつけのバーに行き食事をして
朝までバーをはしごして朝方眠りにつく生活を繰り返す。

生産性もなく、やる気もない。

今思えば、この時期はどうしようもなくダラけていた。

社員には約束した通りのインセンティブを払い、
会社の売り上げも好調だったのでみんなが幸せだと勘違いしていた。

 

街コン開催

友人からイベント業のノウハウを教えてもらい街コンを企画。

池袋で知り合った友人が手広くイベントを手掛けていた。

元々はビジネスの付き合いではなく、
飲み友達だったがちょっとしたキッカケでその友人に
イベントのノウハウを教えてもらうことになった。

企画書から、やり方、単価やイベント内容についてのデータをもらう。

イベントの内容は当時流行っていた街コンで投資額は数万円。

失敗のリスクはほぼない。

しかし今までの仕事とは勝手が違い、
本業以上の手間がかかる割に最初はあまり利益が出なかった。

それでも半年ほどでイベントを任せられる現地スタッフが見つかり、
最大で600人以上集まるイベントを開催できる様になる。

 

今まではBtoB(企業間)の仕事だったが、
BtoC(一般ユーザー)と直接やり取りをする仕事は楽しかった。

イベント当日は祭の様な雰囲気で、
声が枯れるまでお客様を案内して盛り上げて、
打ち上げは数十名のスタッフと楽しむ。

1回イベントを開催すれば100万近い利益を出せる様にもなった。

しかし何かが違う。

 

飽きる

起業から5年目で会社経営に飽きる。

労働以上の対価を受け取っていた。

誰にも指示されることなく自由に働くことも出来た。

そこそこの贅沢を楽しむこともした。

しかし何かが違う。

全く刺激がなくなってしまった。

ブラック企業にいることは上司の無茶ぶりに応じつつ、
全力で走る続ける事が出来たのに
いざ自分が先頭に立ってみると無茶が出来ない。

圧倒的な2番手気質だったのだ。

無茶な事業計画が作れない。

計画通りに遂行することは得意だが、
そのハードルが無難過ぎるのだ。

全く心が踊らず全て想定内で終わってしまう。

今ある事業だけで食うには困らないかもしれない、
ただそこに私がいる必要があるだろうか。

そんな事を考える様になった。

 

お盆休みに自宅でカンブリア宮殿を見ていると
トヨタの現社長である豊田章雄さんが出演されていた。

そこでトヨタの初代社長が日本を放浪していた話を聞く。

インスピレーションが走る。

私は世界を放浪しよう。

お盆明け、部下に退職したい旨を伝える。

 

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