主張する点が違うだけで何が正しいかなんて存在しない

主張する点が違うだけで何が正しいかなんて存在しない

彼女からこんな事を言われた。

「アナタはよくこうした方がいいとか、こっちの方がいいと言うけど、主張するポイントが違うだけでどっちが正しいかなんて存在しないはずだわ」と。

彼女の言っている事は分かる。ただどっちが正しい正しくないではなく、誰の意見が最善なのかを考えるべきだと私は思う。

喧嘩して出て行って、戻って来た日の夜に再度喧嘩する。

確かに彼女の主張の通り何が正しいかなんて誰にも分からないし、立場によって正しいは変わってしまう。

それで良いものも沢山あるだろう。ただ中には意思を統一させた方が良い事も沢山ある。

だから私はよく彼女にこういう『この馬鹿が!』とか『もっと頭使えよ!』とか。

英語だからもう少し優しめだろうけど。

彼女は今まで彼氏に【馬鹿】なんて言われた事はなかったらしい。彼女はそこそこ優秀だけど、その分プライドも高い。

だから理論的に説明するに苦労する。色んな角度から例を出して、この場合はどうだろう?この場合はどう思う?等と細かく説明しなければならない。

それでも納得してくれない事が多々ある。

この日もそんな話を2時間くらい語り合う。

彼女は幼い頃に母親から「パーティーに行って、色んな人と仲良く出来ないなんて馬鹿な子ね」とか「先生の行ってる事に素直に従わないなんて本当にダメね」とか否定的な事を言われて育ったらしい。

それ故にみんなと同じ意見である必要性はないという一つの真理にたどり着いてはいるのだけど、その真理に縛られ過ぎて【意思を統一する必要はない】というジレンマにかられているのだと思う。

私が最善策の話をすると「みんなと同意見が必ずしも最善とは限らない」という話をしてきたので、それには大いに賛同した上で『みんなと同意見であろうがなかろうが、最善と言える選択肢が存在する場合がある』という旨を説明したが納得してくれない。

埒があかないので最後に分かりやすい例として彼女の姉の旦那さんの話をした。

彼女の姉の旦那さんは強盗に殺された。

もし彼女の意見が正しく【主張する点が違うだけで何が正しいかなんて存在しない】のであれば、その強盗を受け入れなければならない。

強盗には強盗なりの正義があって、他の人はそれを否定する事が出来ないということになってしまう。

私はそんな事は嫌だし、受け入れたくもない、だから私は常に自分の頭で何が最善か考える様にしている。

そしてそれが間違っていればそれを受け入れ常に自分の中で一番いい状態の選択をしていく人生を選んでいきたい。という旨を彼女に伝えた所。

「強盗には【お金が欲しい】という大義名分があったかもしれないけど確かに納得出来ないね」と言い、私の主張を何となく納得してくれた。ようだ。



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