なぜ大人になると頭が固くなるのか?

なぜ大人になると頭が固くなるのか?

身近にいる頭の固い大人。会社の上司、両親、学校の先生、先輩。

保守的で私たちの意見に一切聞く耳を持たない。故に建設的な話をするのも難しい。

それを不満に感じたり、疑問に思ったりをした事が一度はあるはずだ。

私はあんな大人には絶対ならないと誓い生きてきた。

しかし最近自分で自分が頭が固くなってしまったと思う場面があった。

誰しもが頭が固くなりたくてなっている訳ではない。

では何故融通が利かず、人の意見を聞けず、我を通してしまう様になるのか。

それは経験のせいだと私は思う。

経験はとても貴重な財産だ。努力をした人間であればあるほどその価値は高くなり多くの事に役立つ。

物事を経験則で考えたり行動したりするのは凄く効率的で楽だ。

その視点で物事を見ると若く経験が無い人間が、ひどく非効率に感じてしまう時もある。

これが頭の固くなる第一歩。

私は出来るのに、周りの人間が出来ない。つまり私の方が優れていると思い込む。

実際は優劣は無く、ただ経験値が多いか少ないかだけの話。

そしてある程度成功をおさめた人間はその経験が自信に繋がる。

自信が時には盲信に変わってしまう。

自信がある事は大事だが盲信し過ぎてしまう事は頭の固くなる一歩手前。

最後に人を見下す姿勢。

これが加われば確実に頭が固くなる。

誰の言葉も信じない。今まではそれで良かったから、経験上こっちの方が正しい、私の意見の方が他の人の意見よりも優れているはずだ、他の事も出来ない人間がなぜ私に意見するのか。そして意見が間違っていると言われれば怒りを覚えてしまう。

私よりも経験の浅い人間なんて信用出来ない。と、いつまでも過去の栄光にすがってしまう。

これだけ見ると凄く嫌な人に見えるが、歳を重ねる事によりこの様な誇りなのか埃なのかが知らず知らずのうちに頭や心に積もってしまう。

 

私がこれを実感したのは、久々に芝居の稽古に参加した時のことだ。

私は昔舞台役者を目指しており、東京での芝居経験もあった。

芝居の稽古で周りは素人と大学の演劇サークルの人間だ。

久しぶりだったので最初こそ緊張したものの、何度か稽古をしてるうちに慣れて来た。

そして事もあろうかその人達を見下してしまった。

大学で演劇を専攻した女性が率先して基礎訓練を教えてくれている。

私は心の中で『そんな初歩的な事、余裕ですよ』と感じていた。

そしてその女性が周りの人に触れて発声状況を確認する。

私の番が来た。『君は大学で4年間学んだかもしれないが、私はアマチュア演劇のキャリアが7年もあるんだよ。こんな発声余裕さ』と思っていた。

しかし、彼女は私の身体をチェックして背筋を伸ばし、共鳴部分がズレていると指摘した。

『そんなはずはない彼女のチェックの仕方が悪いんだ私は正しい』と一瞬思ってしまった。

そして自己嫌悪に陥る。

あーー!!頭の固い大人になりたくないと思っていたのに、いつの間にか頭の固い大人と同じ思考回路に陥ってしまっていたと。

日常生活やビジネスに関しては謙虚に生きていこうという目標があり、常に多少の気を張っているから傲慢にならずしっかりと人の意見を聞ける人間だとは思うが、演劇に関しては完璧に油断していた。

しかしそのお陰で頭が固くなるプロセスが見えた気がした。

それは貴重な体験だったし、貴重な学びだった。

常に誇りを払い落とし、極力フラットな状況で人の意見を聞ける人間のままでいれば、きっと周りから【頭の固い大人】とは認識されないだろう。

頭が固くなるとそれだけチャンスを逃しやすくなるので柔軟に、そしてアンテナを高く持ち続ける様にしていこうと改めて思った。



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