BANの経歴【労働時代】ブラック企業で年収1000万が現実になるもヒモを選びその結果社長になる

BANの経歴【労働時代】ブラック企業で年収1000万が現実になるもヒモを選びその結果社長になる

労働時代にフォーカスして経歴を話していこう。

労働時代とかそんなに面白い話でもないと思うので、
興味がなくて折り紙好きの方は下記の話でも読んでいってください。

逆にすごい興味ある方は下記の関連記事に概要が書かれているのでそっちも見ていってください。

【関連記事】BANの経歴

 

ブラック企業に就職

ブラック広告代理店に就職。2ヶ月半で昇格し部下を持つ。

無事に広告代理店で働くことになったが社会人経験は2回目。
バイト経験なら豊富にして来たが、まともな会社員になるのは久しぶりだった。

最初の1週間で基本的な社会人知識と営業知識を叩き込まれる。
名刺交換、電話応対、上座下座、メールの文面、
広告業界の基本知識と基本用語。

同時入社した男性おり2人で研修を受けることになる。
名刺の受け渡しすら知らなかった私を彼はバカにした。

同期
名刺の受け渡し知らないとかマジ?

さらに事あるごとに自分の方が優秀アピールをしてくる。

同期
僕知り合いに社長いるんですぐ広告売れますよ。

めんどくさい。こういう奴に限って口だけなんだよな。

研修が終わりの週末、月初だったこともあり会社の決起会が行われた。
全社員参加の決起会で約40人が参加した。飲食代は全て会社持ち。

同じ部署の上司や他部署の先輩が気を使ってくれて色々な夢を語ってくれた。
会社の展望であったり、将来への期待値など様々で聞いているだけでも楽しくなった。

決起会も終盤になり、面接をしてくれた役員が誕生日だということでケーキが用意されていた。
そして役員に対して社長から無茶振りが始まる。

社長「せっかくのケーキなんだから顔突っ込んだらダメだよ。」

それを聞いた周りの社員も同調する。

社員一同「ちゃんと食べてくださいね。絶対顔突っ込んじゃダメですよ。絶対。

営業マンがこんなフリをされて普通にケーキを食べる事ができるだろうか。

否!

役員であろうと例外ではない。
ホールのケーキに顔から突っ込む役員。

それを見て大爆笑する社員たち。
この感じ好き。

ふと横を見ると同期がこの場の空気に戦慄していた。
体育会系の営業会社で働いた事がなかったのだろうか。

週明けの月曜日、会社に出社すると同期の姿はなかった。

 

完璧な実力主義の会社で昇格基準も明確だった。
月の粗利を250万以上出せば課長、
課長になるとチーム運営が任されて、
課から課長を3人出せば部長と決まっていた。

一般的にはサブマネージャーになるには半年から1年かかると言われており、
実際に先輩の多くは平均すると入社から8ヶ月で課長になっていた。

課長になるといくつかの権限が与えられる。
まずはヒゲの権限。一般社員だとヒゲは剃らなければいけないが昇格すれば許される。
会社のカードキー。早朝深夜ビルに入るにはカードキーが必要だが全員には渡されない。
上役会議への出席。毎月行われる会議で四半期ベースでの目標や計画、進捗などの報告会議だ。

そして一番大事なのが残業の許可である。
ゴリゴリの体育会系ではあったが帰宅時間には厳しかった。
理由としては元々時間に関係なく働いておりそれが高い離職率の原因だと考えていたので
私以降の採用に関しては絶対に21時には帰らせろという社長命令が出ていたのだ。

課長に昇格すれば好きなだけ働ける。それが憧れだった。
もちろん残業代は出ないので残業すればするだけ時給換算で安くなるのだがそんな事は関係ない。
先輩はマックの時給より安いと嘆いていたが、その時の私はひたすら仕事に没頭したかった。

 

会社としては10時出社の19時退社で一応2時間までなら残って仕事はしていいが
不慣れな状況だとそれでは時間が全然足りなかった。
そこで思いついたのが早朝出社だ。

残業は禁止されているが早朝に関しては何も言われていない。
始発の電車に乗り会社に来て作業をすることにした。

時には21時で一度帰り風呂に入った後再度出社するというミラクルを編み出し、
23時出社で翌日の21時まで働いたこともあった。

その甲斐あって入社から2ヶ月半という最短記録で昇格する。
給料も鬼の様に跳ね上がりインセンティブ含め50万以上になり部下を持つことになった。

しかし社会人経験3ヶ月目で急に部下を持つのは不安だったので
社長に昇格を辞退したいと相談するとこう言われた。

「立場が人を創るんだよ。」

その言葉に後押しされて私は課長に昇格した。

 

営業不振により社内異動して婚約破棄

大量雇用により代理店部門が大赤字。ネット回線の訪問販売に異動。
社内恋愛で婚約中の彼女に振られる。

私が昇格したのと時同じくして会社は大量雇用を決めた。
市場が拡大しており事業部としてもかなりの利益を出していたので
どれだけ人数を雇っても採算がとれると予想したのだろう。

私の元には5人の部下がついた。
しかし蓋を開けてみれば個人の数字は出せていたもののマネジメント能力は低く、
5人の部下を完全に扱いきれずにチームの数字は未達どころかマイナスだった。

それは他のチームも同じで課長個人の利益率が高いもののチームとして見るとマイナスだ。
つまり事業部全体で見ると大赤字だった。

そんな状態が3ヶ月ほど続いた時に社長は別の事業部を立ち上げる。

 

インターネット回線の訪問販売事業部だ。
元々は別会社で働いていたグループを引き抜きそのまま事業部として設立した。

すでに取引先との話はついており扱う商材のノウハウもそのグループが持っているので
今度こそ大量雇用に耐えられる環境が整った。

広告代理店の事業部のメンバーが大量に異動になり、
ついに私も訪問販売の事業部へと異動になった。

広告代理店の仕事は好きだったが訪問販売も別に苦手ではない。
むしろBtoBよりBtoCの方が向いていると思っていたので、
新しい仕事にワクワクしながら事業部を異動した。

 

トップセールスマンに研修をしてもらた。
月の途中からの異動だったが研修自体は2日で済ませ後は自力で数字を作る。

与えられた地図の中からその日営業するエリアを決める。
後はひたすらチャイムを鳴らして話を聞いてもらう。

最初のうちこそ門前払いだったが段々とコツがつかめてきて、
インターホンで話を聞いてくれる人が多くなった、
さらにコツがつかめてドアを開けてくれる人が多くなり、
話を最後まで聞いてくれる人が多くなり、
契約をしてくれる人が多くなった。

周りの営業マンは話を聞いてくれた人との契約率が20%前後だったが、
私は80%近い数値を出していた。

訪問販売でよく言われるのは数を当たらなければいけないということだ。
チャイムを押しても家主や決裁者が不在の事が多いからだ。

さらに決裁者がいたとしても即決はなかなか決まらない場合が多いので、
朝から晩まで時間をかけてもあまり数字が上がらない。

私の場合は決裁者に会えればほぼ契約ができるのでそれほど労力を必要としなかった。
ただその代わり人がしないような部分を努力した。

インターホンからどのように見えるか研究し、インターホン越しの声量を調整した。
ドアを開けてもらってからは不信感を抱かれないように当たり前感を出して、
信頼度を少しでも上げるために結婚していないのに左手の薬指にはリングをはめた。

それにより初月から営業成績1位をもぎ取る。
2ヶ月目には給料100万円を超え、3ヶ月目には150万越えを達成。
営業成績は2位とダブルスコア以上の差をつけていた。
労働時間も周りと比べてかなり少なく1日6時間も働いていなかった。

そんな順風満帆なキャリアも突如崩壊する。

 

社内恋愛で婚約中だった彼女に急遽振られる。
理由としては色々あるが一番大きな理由は「優しくないから」
どうにかしてやる気を保とうとしても精神が安定しない。

さらにその彼女は直後に別の社内の男性と同棲を始めていた。
その男性は同じグループにいる。

なんと言っていいのだろうか。
もちろん私の不甲斐なさが原因だがそれでもこの環境は辛すぎる。

時同じくして風邪を引いたのでそのまま会社を休んでいると
ある日社長から電話がかかってくる。

BAN
体調不良で休んでいてすみません。婚約破棄の件なら大丈夫です。
社長
そうか、ゆっくり休んで元気になったらバリバリ働いてくれ。

全ての事情を知っているのにも関わらず、必要以上に語らない大人の優しさをみせる社長。

しかしその後も復活する事ができず退職する。

 

会社を辞めしばらくネットの世界に逃げ込むとそこで大学生の女性と出会う。
彼氏はいるがあまりにもダメ男なのでそろそろ縁を切ろうか悩んでいると相談を受ける。

BAN
人生は一回なんだから他人に振り回される人生は勿体無いよ。

と自分に対しても言える言葉を彼女に投げかける。

やっぱり恋愛相談からはデフォルトですぐに恋仲になる。

 

ヒモ生活

彼女の家でネット三昧。家賃、生活費、デート代全て彼女持ち。

彼女が就職をしたタイミングで一人暮らしを始めたからその家に転がり込む。
日中は仕事に行ってるのでネットをして夕方から夕飯の準備を始めるのが日常になった。

付き合い始めの頃はデート代を全て出していたがしばらくすると彼女が全て出すようになる。
こういうところがダメ男を引き付けるのだろう。しかしその優しさに甘えていた。

家賃や生活費を請求されたことは一度もなく、
ひたすら家でネットをしているかたまに外に浮気に行くくらいで、
後は彼女と幸せな時間を過ごしていた。

しかし半年ほど過ぎたあたりからこう聞かれるようになった。

彼女
そろそろ働かないの?

 

社長就任

元上司に誘われて会社起業。雇われ社長になる。

広告代理店時代の上司のIさんから話があるから飲みに行かないかと誘われる。
また会社に戻ってこないかという相談かと思い話を聞きに行くとこう告げられる。

Iさん
今度独立するんだけど一緒にやらないか?

内容としてはIさんが会長になって取引先を紹介するから、
雇われ社長として全権を持って働いてほしいというようなことだった。

語られた内容はかなり夢のあるもので、最初は代理店事業で運転資金を稼ぎ、
その後はメディアやアプリなどの開発を事業の中心としていくという話だった。

目標として単月300万の粗利を出せるようになれば、
代理店部門は終わりでそこから次のフェーズに移っていく計画だ。

やることもないので二つ返事で承諾することにした。

 

数週間後に新宿のある場所に呼び出される。
待ち合わせ場所に行くとIさんが立っている。

BAN
こんなところで何するんですか?

そんな質問をすると嬉しそうにとある雑居ビルを指差す。

まさか・・・

そして手にはそのビルの鍵が握られていた。

事務所が決まったのだ。
ビルのエレベーターを使い4階へ行く。
ドアノブに鍵をさしゆっくり回すとそこには何もない約二十畳のオフィスが広がっていた。

ここから全て始まるのだ。

まずは2人で近くのオフィス用品店で机と椅子を調達する。
予定だったがパッとしない割に値段が割高だったので辞める。

ネット契約と電話契約だけ済ませて事務所に戻り、
モバイルWi-Fiを使いネットで調べるとヤフオクが以外に事務用品が安いことに気づく。

ヤフオクで一通り事務所用品を購入して初日の業務は終了した。

 

そこからは早かった。
毎日の様に新しい事務用品が届き組み立て、
それが終わると取引先へ挨拶回りをした。

電話番号もメールアドレスもない中での挨拶回りは無駄に思われたが、
Iさんが取引先とうまく交渉して広告費を予算でもらえる手はずを整えてくれた。

1週間で全ての準備が整った。
さあ、ここからどこまで稼ぐことができるだろう。

1年以上期間が空いていたので代理店としての能力に不安があったが、
今までのサボっていた分働くことに決めた。

毎日18時間働き続け、疲れたら事務所の会議机の上で寝る。
机の上は体が痛いので床にダンボールを敷き寝る。
ダンボールだけだと体が痛いのでその中に発泡スチロールを敷き詰めて寝る。

それを見かねたIさんがエアベッドを購入してくれた。

週に1度の帰宅、それ以外は近場の日サロでシャワーを浴びる生活を送っていた。

その時のキャッチコピーは「24時間対応可能な代理店」だった。
がむしゃらに働いたお陰で起業から半年も経たずに月の粗利が300万円を超えた。

するとIさんから爆弾発言が飛び出す。

 

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